大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和35年(ネ)120号 判決 1963年3月20日

控訴人 竹内芳助

被控訴人 広島国税局長

訴訟代理人 杉本米市外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

当裁判所もまた、本件滞納処分にはこれを取消すべき瑕疵はなく、従つてこれに対する控訴人の審査請求を棄却した被控訴人の本件決定にも違法はないと判断するものであるが、その理由は左に訂正補足するものゝほか原判決理由と同一であるから、これを引用する。

一、原判決理由三の(一)不当な二重差押かどうかについてという部分を次のとおり訂正する。

本件差押当時における控訴人の滞納税額が合計二、三五〇、三三一円(基本滞納税額合計一、七八〇、三〇〇円、滞納附帯税額合計五七〇、〇三一円)であり、本件差押に際し差押債権として行使せられた滞納税額の累計が五、四三九、八〇五円であることは前認定(原判決理由二)のとおりであるところ、右の如き累計を生じたのは同一滞納税額を二回或は三回に亘つて差押債権として行使したことによるものであることは口頭弁論の全趣旨に徴して明らかである。ところで、滞納にかゝる租税債権が満足を受けない限り、これを差押債権として数回に亘り石使したとしても、そのことだけで差押処分を当然に違法たらしめるものでないことは民事訴訟法上の強制執行と同様であつて、これを別異に解すべき何等の根拠もない。問題は右の数回の差押の結果、超過差押として差押の違法を来すかどうかにある。おもうに、昭和三四年の改正後における国税徴収法第四八条の如き超過差押禁止の明文を欠く右改正前の同法の下で超過差押が直に処分の違法を来すやは疑いの余地があるが、滞納処分が租税債権の確保満足のために認められた私人の財産権に対する重大な制限である点に鑑みると、右の目的を達する範囲を逸脱して滞納税額を著しく超過する価格の財産を差押えることは、右財産が不可分物ないし一括公売を相当とする物でない限り、違法たるを免れないと解すべきである。しかし、本件についてこれをみるに、本件各差押財産の評価額(見積価格)は前認定(原判決理由二)のとおり合計二、〇〇八、一六〇円(評価替後二、三六一、五九八円)であり、右評価額を著しく不当であると認める資料もない(争いある本件建物の評価額については後記のとおり)から、本件滞納税額二、三五〇、三三一円に対比し、(成立に争いのない乙第一七号証の一、二によれば本件公売処分前において合計六、九九〇、七四六円に達する地方税の交付要求がなされていることが認められるが、右交付要求額を加算するまでもなく)本件差押が違法な超過差押に該当しないことは明らかである。従つて、本件において同一差押債権に基いて数回の差押がなされたことを以て、本件差押を違法とすべき理由はない。

二、原判決理由三の(二)について、次のとおり補足する。

差押債権として行使せられた滞納税額の一部に、架空のものが含まれていたとしても、右差押債権たる滞納税額が全く存在しないというのでない以上、右差押処分自体が当然に違法となるものでないこともまた、民事訴訟法上の強制執行と同様であり、要は当該差押債権中実存する滞納税額を基準として考えたときに、前項にいわゆる違法な超過差押に該当するかどうかによつて、瑕疵の有無を決すべきである。

本件においては、仮りに差押債権中に控訴人主張のような架空のものがあつたとしても、その実存する滞納税額からみて違法な超過差押に該当しないものであることは前項の説示により自ら明瞭であるから、この点からみても、控訴人の主張は理由がない。

三、原判決理由三の(四)滞納処分の執行中における滞納税額の減少と差押との関係についてという部分を次のとおり訂正する。

国税徴収法施行規則第一七条には、差押に係る滞納処分費及び税金が完納されたときは差押を解除すべき旨の定めがあるがその一部の減額または任意納付の場合については法令に何等の規定もないから、かような場合当然右減額又は納付分に応じた差押の一部解除をすべきものと解し得ないことは勿論であるが(現行国税徴収法においても一部解除をすることができる旨を規定するにとゞまる)、一部の任意納付または減額がなされた結果、差押財産の価格が著しく滞納税額を超過し、その差押処分全部を維持することが租税債権の確保満足という滞納処分の目的を明らかに逸脱するに至つたときには、差押の一部解除をするのが至当であつて、かような場合一部解除をなさず差押全部を維持するときには、超過差押の場合と同様、差押は違法となるものと解するのが相当である。

ところで、本件においては、控訴人は差押後五六一、二一六円を任意納付し、四〇、三五五円の減額があつたと主張し、被控訴人も五五一、七四一円の任意納付があつたことは認めて争わないのであるが、前記滞納税額二、三五〇、三三一円は既に右任意納付分を控除したものであることは弁論の全趣旨に徴して明らかであるところ、仮りに右五五一、七四一円と控訴人主張の納付及び減額分との差押五〇、二三〇円につきその事実が認め得られるとしても、本件滞納税額からこれを控除してなお本件差押財産の価格が滞納税額を著しく超過するものでないことは明らかであるから、控訴人主張の任意納付及び減額により本件差押の一部解除がなされなかつたことは当然で、本件差押を違法とする理由はない。

四、原判決理由四の(一)本件不動産の公売価格についてという部分を次のとおり訂正する。

一般に、公売物件に対する見積価格が時価に比べて著しく低廉であり、その結果公売価格が著しく低廉となつた場合には、納税者の権利を違法に侵害するものとして公売処分は取消を免れないと解するのが相当である。

ところで、本件建物は見積価格が当初一、六三二、一九八円であつたが、その後第四回差押にかゝる庭木等の有体動産(当初見積価格一六四、四〇〇円)と一括して公売することゝなり再評価の結果一括して二、三六一、五九八円の見積価格が付されたことは前認定(原判決理由二)のとおりであり、右一括公売による公売価格は二、四五〇、〇〇〇円、そのうち本件建物の公売価格(一括公売であるが、登記その他の便宜上内訳的に建物と有体動産の入札価格を個別表示させたものと解する)が二、二五〇、〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない乙第八号証によれば、前記再評価額は一括公売による利用価値の増大を考慮して右建物庭木等の当初見積価格へ約三五%(五六五、〇〇〇円)を加えて算出されたものであり、従つて右のうち本件建物の占める価格の割合は当初見積価格一、六三二、一九八円に約五〇〇、〇〇〇円を加えたものであつたと認めることができる。

そこで、本件不動産の公売当時における時価について考えるに、成立に争いのない乙第九号証及び原審証人大久保要の証言によれば、被控訴人において本件建物の見積価格を決定するため昭和二六年八月頃中国財務局の建築関係者に本件建物の価格評価を依頼したところ、一、六三二、一九八円(但し料亭として使用する場合の価格の二〇%減)と評価されたことが認められ、また成立に争いのない乙第一六号証と原審証人中村義夫の証言によれば、右中村は前記一括公売の第一回の入札において二、一〇〇、〇〇〇円で入札をしたが、見積価格に達しないため落札に至らず、結局二、四五〇、〇〇〇円で落札し、買受後約四、七〇〇、〇〇〇円を投じて本件建物及び庭園の補修をした上、昭和三一年に至りこれを訴外谷口稔に代金六、五〇〇、〇〇〇円で売却したことが認められるところ、右事実関係よりすれば、本件建物の公売当時における時価はこれを料亭として取引する場合でも二、〇〇〇、〇〇〇円前後とみるのが相当である。尤も、成立に争いのない乙第一九号証、原審証人小田繁市、同中村義夫の各証言並びに原審における控訴人本人尋問及び検証の各結果を綜合すると、本件建物の敷地はその面積約二〇〇〇坪あり、旧浅野公の由緒ある庭園であつて、古くから万象園と称されていたが、戦災による少数の樹木、灯籠等を残して殆んど廃墟に等しい状態になつたこと。昭和二二年に至り控訴人は料亭を営む目的を以て右敷地を借受け、同二三年頃より数百万円を投じて建物の建築及び庭園の修復をなし、同二四年完成後はここにおいて広島市内における高級料亭を経営して来たものであることが認められるが、かような事実のみでは未だ前記時価の認定を動かすには足りない。

してみると、本件建物公売価格並びに前記再評価によるその見積価格が不当に低廉なものでないことは明瞭であり、この点について本件公売処分には何等違法はない。

五、原判決理由四の(三)の事実認定の証拠として、成立に争いのない乙第二三号証を加える。

よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当で本件撞訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 河相格治 胡田勲 宮本聖司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例